3月12日(月)午後(その1)
フォロ・ロマーノ


               
 バチカン美術館のつぎの目的地はフォロ・ロマーノだ。ローマまで来た以上ここを見逃す手はない。 美術館の近くのカフェで昼食をとりながら休んだあと、タクシーでコロッセオに向かった。ローマ市内の道は古い石畳が多く残っており、それらが不等沈下して波打っているが、それでも 車はスピードを加減しない。また右側通行でもあるので自分が運転する時と感覚が違って冷や冷やすることも多かった。
 昨日バスで通ったコースと同じ道を行き、ヴェネツィア広場からムッソリーニが建設したフォーリ・インペリア−リ通りを進んで行くと正面にコロッセオが、また右手にはフォロ・ロマーノの遺跡群が見えてきた。ローマに来たことを実感する景観である。
 
【コロッセオ】
 
最終日の今日も天気がよい。朝は日影では寒かったが、昼間になると少し汗ばむような陽気に変わる。観光客で賑わうコロッセオの広場を進んで入場口まで行く。グラディエータの格好をした兄ちゃんがうろうろしている。

【コロッセオ】
 
入口の行列は大したことはなくすぐにでも入れそうだったが、料金が11ユーロと少し高いのと時間的な制約もあって、フォロ・ロマーノを優先することとした。
【フォロ・ロマーノ】
 
コロッセオの前からは正面にフォロ・ロマーノが見える。中央に見えるのはティトゥスの凱旋門。大勢の人が入場している。

【コンスタンティヌスの凱旋門とコロッセオ】

コンスタンティヌスの凱旋門
 コンスタンティヌスの凱旋門はコロッセオからフォロ・ロマーノへ行く途中にある。
ヴァチカン美術館でもコンスタンティヌス帝ゆかりの作品が多かったが、
キリスト教を公認した功績があればこそのことなのだろう。

【コロッセオの全容】
フォロ・ロマーノの入り口からコロッセオを見る。
周りの人と比べてもその大きさが分かる。
とにかく5万人近い人を収容できたのだから。

 【フォロ・ロマーノ】
 ティトゥスの凱旋門を潜ると正面にフォロ・ロマーノの全景が広がるが、見通しはあまり良くない。中央遠景はカピトリーノの丘に建つローマ市庁舎。その右奥にはヴェネツィア広場のヴィットリオ・エマヌエーレ2世の記念堂が見える。

【コンスタンティヌスとマクセンティウスのバジリカ】
 
ティトゥスの凱旋門を潜ってすぐ右手にあるのがこの建物。マクセンティウスが建設を始めて、コンスタンティヌスが完成させたもの。

【アントニヌスとファウスティーナの神殿】
五賢帝の一人であるアントニヌス・ピウス帝が妻の死を悼んで141年に建てた神殿。
アントニヌス自身も死後ここに祀られた。
その後教会に改修されて古代の神殿と中世の教会が複合した建物となっている。

【ロムルスの神殿跡】
 マクセンティウス帝の幼い息子ロムルス(307年没)を祀ったものとされている。


【ヴェスタの神殿】
 ヴェスタは竈の女神だそうだ。もともとは円形の神殿だった。

【ヴェスタの巫女たちの家】
円形の神殿の内部に灯る「聖なる火」を守る巫女たちの住居跡。
居室、台所、浴室などが整っていたらしい。
家の向こう側はパラティーノの丘に繋がる。

【カストルとポルクスの神殿】
 紀元前496年のレギルス湖畔の戦いでローマを勝利に導いた伝説上の双子神ディオスクロイを讃えた神殿。この双子は冬の夜空を飾る双子座の星の名になっています。
 神話によるとこの二人は双子ではなく他に二人の姉妹をあわせた四つ子だったようです。その姉妹の一人がトロイ戦争の原因となった美女ヘレナと云うことのようです。


ARCO di AUGUSTO
 さりげなく道端においてあるこの遺跡はいったい何でしょうか。 ARCO di AUGUSTO(アウグストゥスの凱旋門)のように読めますが・・・。

【フォロ・ロマーノの中央広場】
 
左手奥にユリウスのバジリカ跡、中央にフォカスの記念柱、
右手にセプティミウス・セウェルスの凱旋門。
中央遠景はカピトリーノの丘に建つローマ市庁舎。

セプティミウス・セウェルスの凱旋門と元老院
 
正面の聖なる道の奥にセプティミウス・セウェルスの凱旋門
、その右手には元老院が見える。

ユリウスの神殿
 
紀元前44年に暗殺されたユリウス・カエサルの神殿。
カエサルはここで火葬に付された。神殿は紀元前29年にアウグストゥス帝によって建立された。

【エミリアのバシリカ】
 金融の中心として商取引が行われたところ。


 
【ガイウスとルキウスのポリティクス】
 
アントニヌスとファウスティーナの神殿の左手にあるエミリアのバシリカの前にアウグストゥスが二人の孫の名前で建てたもの

【セプティミウス・セウェルスの凱旋門】
 
セプティミウス・セウェルス帝がパルティアとの戦いに勝利した記念に建てたもの。
【サトゥルヌスの神殿跡】
 
カピトリーノの丘への道から見たサトゥルヌスの神殿跡。その左にはヴェスパシアヌスの神殿跡が、また後には元老院がある。

【サトゥルヌスの神殿跡】
 
サトゥルヌスは農業の神様。農牧民族らしくこの神殿はローマ最古のものだそうだ。

【カピトリーノの丘からのフォロ・ロマーノ全景】
 左手の元老院から右手奥のコンスタンテヌィスとマクセンティウスのバジリカまで見渡せる。
その向こうにはコロッセオも見える。

 
【カピトリーノの丘からのフォロ・ロマーノ中心部】
 中央にユリウスのバジリカ跡が、また遠くにはコロッセオが見える。
遙か2000年の昔にカエサルやアウグストゥスを始めとする歴代皇帝が
活躍した空間と将に同じ空間にいるのだと思うと感無量だった。

サンタ・マリア・イン・コスメデン教会
 真実の口があるサンタ・マリア・イン・コスメデン教会。白壁の建物に沿って右に行くとチルコ・マッシモに出る。

【チルコ・マッシモ】
 真実の口を出て左に行き、交差点を左に曲がって少し進むとチルコ・マッシモに出る。五賢帝の一人であるトラヤヌス帝の時代には30万人も収容できたらしい。映画ベン・ハーの戦車競争場面を頭に描いて見る。

【チルコ・マッシモとパラティーノの丘の遺跡】
 全長620m、幅200mの広々とした競技場跡。遠景はパラティーノの丘の遺跡。
フォロ・ロマーノはパラティーノの丘の向こう側にある。

【チルコ・マッシモ】
 地下鉄チルコ・マッシモ駅側から見た競技場跡。


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