3月12日(月)午後(その2)
        アッピア街道      
行程図(クリックすると拡大されます)
                                                                 
            
 コロッセオからフォロ・ロマーノを経てチルコ・マッシモまで歩いて来た。時刻は3時近くになっている。ほぼ予定通りにここまで来たのでこのままアッピア街道へ行くこととした。スペイン広場方面へ買い物に行く家内と長男とは地下鉄の駅で切符を買ったところで分かれる。
 アッピア街道方面へ行く118番のバス停は地下鉄の駅から地上に出たすぐ近くにあった。時刻表がないので何時来るのか不安だったが、幸いなことに5分ほどしてやってきたバスが118番だった。3時きっかりに乗り込んで古代ローマの史跡巡りに出発する。
           
【118番のバス内】
 チルコ・マッシモを出発して間もないバスの中。平日のためかあるいは何時もそうなのか分からないが、車内はよく空いていた。
 出発するとバスはすぐに右折してアッピア街道方面に向かう。右手の公園の林の中にカラカラ大浴場跡が見える。しばらく行くとアウレリアヌスの城壁が現れ、バスはサン・セバスティアーノ門を潜り抜けて郊外に出る。旧アッピア街道(Via Appia Antica)はここから始まる。

【マクセンティウスの競技場跡とロムルスの墓】
 ほとんど昔のままの道をバスは快速で駆け抜けて行く。運転が荒いのは市内のタクシーと同じだ。事前に調べたところでは、このバスは聖カリストの墓を過ぎると旧アッピア街道を離れてしまうのでそのバス停で降りることにした。他のほとんどの人もそこで降りたようだった。走り去るバスを見送っていよいよ旧アッピア街道の散策が始まる。
 しばらくは車の往来がはげしかったが、写真のマクセンティウスの競技場跡あたりからは車も少なくなり、周りも静かな郊外の風景となる。

【マクセンティウスの競技場跡】
街道沿いで最初に目を引いたのがこのマクセンティウスの競技場跡だった。
マクセンティウスと云えば、午前中のバチカン美術館で見たミルヴィオの戦いで
コンスタンティヌスに破れた皇帝であり、またフォロ・ロマーノでも幼い息子ロムルスの
死を悼んで神殿を造っている。ここにある競技場はその息子のためのもののようだが
築造中に戦死したため完成はしていないという話もある。月曜日のためか入口は閉まっていた。
今は門の近くに犬がのんびりと寝そべっているのどかな風景だった。。


【チェチリア・メテッラの墓】
 マクセンティウスの競技場跡から少し行くと左手にチェチリア・メテッラの墓が見えてきた。これは、旧アッピア街道ではサン・セバスティアーノ聖堂や先ほどの
マクセンティウスの競技場跡などと並んでよく知られた遺跡である。

【チェチリア・メテッラの墓】
 メテッラはカエサルのころの執政官の娘で、第一回三頭政治の一人であるクラッススの息子の妻だったそうです。いずれにしても紀元前の帝政前の古い時代の話です。月曜日なので休みかも知れず門は閉じられていたので、とりあえず写真を撮ってから先に進む。

【道端の水道】
 フォロ・ロマーノからここまで飲み物なしで来たので喉が渇いて仕方なかったが、メテッラの墓の斜め向かえに写真の水道があり渇きを癒すことが出来て一息つけた。水は流れっぱなしだった。このあとにも街道沿いに何箇所か同じ水道があり非常に助かった。
 夕方ローマ市内を歩いている時も道路の脇に同じものがあったが、ローマ帝国時代と同様にインフラの一部として水道水は無料という慣習が残っているのだろうか。

【南へと続くアッピア街道】
 アッピア街道の真髄はメテッラの墓から先にある。公園化されて古代の道がそのまま残っている訳ではないが、当時の雰囲気が幾分かでも味わえるのはこれからであると考えて人気のなくなった道を進んで行く。

【Via di C.MetellaとのT字路を振り返る】
 旧アッピア街道とチェチリア・メテッラ通り(右)とのT字路を振り返った写真です。

【Capo di Bove Tower】
 メテッラ通りとのT字路を過ぎると間もなく左手に見えて来るのがCapo di Bove(牛の頭) Towerと呼ばれる写真の史跡です。

【Via Cinquetorriとの交差点】
 
【街道沿いの民家の壁画】

 
【アッピア街道】
 ほとんど人が通りません。

【アッピア街道の石畳】
 この石畳がいつの頃のものかは分かりませんが、かなりすり減っていて年期を感じさせます。

【ローマの松とアッピア街道】
 アッピウス・クラウディウスの立案により紀元前312年に着工されたアッピア街道は
領土の拡大とともに延長されて行き、最終的にはブリンディシにまで達した。
このように
ローマの街道の中でも最も古いアッピア街道に関する逸話は多々ありますが、
中でもよく知られているのは、キリスト教に対する迫害から逃れるために街道を南下する
ペテロが反対方向からやってくるキリストと出会い、“Domine, quo vadis”と聞いたことでしょう。
ペテロはその問いに対するキリストの言葉を聞いてローマに引き返し、逆さ十字架の磔になります。
現実に目にするアッピア街道は時を経てすり減った石畳の小さな道です。その両側にはローマの松が繁り、
奥深くにある別荘のような建物からは時折車が出てきて、がたがたと揺れながら走り去って行きます。

【糸杉とアッピア街道】
 石畳はすり減っているものの、道そのものは平坦で痛んでいる様子はない。
道路の基礎として1.5m掘られ、3層もの砂利や石を積み重ねてその上に石畳が敷き詰められている。
その構造は現代の重車両が通行する道路と比べて全く遜色がありません。 
 完成当時は石と石の間は隙間がなく表面は平滑で、路面には横断勾配がつけられて
雨水が両側に設けられた排水溝に流れるようになっていたと云われる。
2000年以上もの古い時代の技術レベルの高さとインフラに取り組む真剣さには驚かされる。

【英雄のレリーフ】
 このあたりから道の両側にはお墓や彫刻などの遺跡が多く見られるようになる。写真は街道の右側にある男性の像で共和制時代のものだそうだ。ただしこれはレプリカで、オリジナルはローマ国立博物館で保管されている。

【Marcus Serviliusの墓】
 これから後の遺跡についての詳細は不明です。写真で雰囲気を味わって下さい。
【円形の墓】
 これも共和制時代のものだそうで、入り口は道と反対の後側にある。

【街道沿いの民家】
 このあたりの街道沿いには唯一この民家だけが建っていた。
【アッピア街道を振り返る】
 民家からは赤い服を着た少女が犬を連れて散歩に出掛けていた。

【アッピア街道を振り返る】
 民家を過ぎたところで歩いてきた街道を振り返る。このあたりから石畳はローマ市内で見た小さな四角いものとなっている。


【Sextus Pompeus Justus一族の墓】
 このあと街道沿いには墳墓が続く。

【so-called DricTomb】

【Hilarius Fuscusの墓】
 
【名称不明の墓】
 

【Tiberius Claudius Secondinusの墓】
 遺跡のそばで愛を囁きあっている(?)若いカップル

【Quintus Apuleiusの墓】
 
【Rabiriusの墓】
 
【アッピア街道と遺跡群】
 
【Via Erode Atticoとの交差点】
 メテッラの墓から1時間弱歩いてようやく車が通る道と交差する。これからアッピア街道散策の最終段階に入ります。

【名称不明の像】
 白い花が咲く草地の中に静かに佇んでいる像。

 
【第1および第2の煉瓦遺跡】
 2世紀頃の祠あるいは墳墓と思われるもの。人が住む屋敷の門の両側に立っている。

【クインティリ荘】
 広大な草地の中にクインティリ荘の遺跡が立っている。

【クインティリ荘】
 ローマ郊外のアッピア街道で最大規模の遺跡。遠くに見えるのは別荘に水を供給していた水道だろうか。
 この写真は別荘の前にあった小高い丘に登って撮影したものだが(影が映っています)、
帰国後調べたところでは、この丘はローマのホラティウス兄弟の墓ではないかと思っている。
この丘からローマの方に少し戻ったところにホラティウス兄弟と戦ったアルバロンガのクリアティス兄弟の墓がある。
 いづれもアウグストゥス帝の時代に造られたようだが互いの国を賭して戦った兄弟たちを祀ったのかも知れない。

【クインティリ荘のニンフェオ】
  ここは、もとはクインティリアヌス兄弟所有の別荘だった。兄弟はアントニヌス・ピウス帝やマルクス・アウレリウス帝
の時代に大いに富をなしたが、次のコモドゥス帝の時に帝の陰謀によって処刑され、別荘は
没収されたようだ。
 詳細な経緯は分からないが、どうもコモドゥスと云う人物は評判が良くない。
ローマ帝国が傾き始めたのもコモドゥス帝の時からだという説もある。
 遺跡の中は見学できるようだが、今日は月曜日でお休みと云うことで写真撮影のみで諦める。

【クインティリ荘のバス停】
 
クインティリ荘の前にはアルケオブスのバス停があったが周りは相変わらず人の気配がない。充分に堪能したアッピア街道の散策はここまでとして、つぎの目的地であるクラウディア水道橋に向かうこととした。

【Via Appia Pignatelliを行く】
 クィンティリ荘から5分ほど戻ってアッピア街道に別れを告げてからAppia Pignatelli通りに入って行く。全く人影がない未舗装の田園の中の道だった。


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